日本の宇宙スタートアップ市場が開花 (Translated: Japan's Space Starup Market Blooms)

岡田光信氏がアストロスケールを2013年に設立したとき、日本には宇宙スタートアップはわずかしかありませんでした。しかし、持続可能な宇宙というビジョンを掲げたアストロスケールがこの数年で世界的な知名度を獲得するのと時を同じくして、日本の宇宙スタートアップ産業は成長を遂げ、今では40社を超えるベンチャー企業が存在しています。岡田氏によれば、日本では宇宙がかつてよりも身近な存在になっており、また日本政府が推進している政策により、国民と民間企業の宇宙産業への進出が奨励されていることが、宇宙スタートアップ産業の目覚ましい成長につながったといいます。

「日本のスタートアップ市場を見ると、ITやエネルギー、教育、バイオといった分野では明確なセグメントがありますが、宇宙というセグメントは存在しませんでした。しかし今や宇宙産業は日本のスタートアップ市場を支える大きな柱となっています。状況は大きく変わりました」岡田氏はそう語ります。

岡田氏によると、アストロスケールの創業以来7年間で、日本の主要な宇宙スタートアップ企業の間に緊密なコミュニティが形成されたといいます。その背景には、各社とも資金調達や人材採用、他国への事務所の設置など、取り組んできた課題が似通っていることがあります。「私たちは知識と大局観を共有しています。私自身、今も勉強中の身ですが、若い世代とのギャップを埋めることも私の役割ではないかと思っています」と岡田氏は言います。

日本には民間宇宙の分野で確固たる歴史があり、1970年には最初の衛星打ち上げに成功しました。このとき打ち上げられたのが人工衛星「おおすみ」で、打ち上げには日産と宇宙科学研究所(ISAS)が開発した無誘導方式のロケット、ラムダ-4Sが使用されました。また、日本は国際宇宙ステーション(ISS)建設にも参加しており、さらに2003年にはISAS、航空宇宙技術研究所(NAL)、宇宙開発事業団(NASDA)を統合してJAXAを創設し、政府による宇宙プログラムの一本化を図っています。

また、三菱重工業(MHI)、三菱電機(MELCO)、川崎重工業(KHI)など、伝統ある民間企業が世界の宇宙産業に貢献してきました。それでも、岡田氏がアストロスケールを設立したとき、他に宇宙関連のスタートアップはほぼ見当たりませんでした。日本政府とJAXAおよび民間投資家はこの数年、日本のいわゆるNew Space産業に投資を続けており、その投資の甲斐あってスタートアップの数が増え始めています。

JAXAの事業開発・産業関係部のJ-SPARCプロデューサーである小谷勲氏によれば、こうした新しい担い手は、業界そのものに影響力を与えようとしているといいます。「彼らはすでに宇宙サプライチェーンの構造を変えつつあり、独自のビジネスモデルと技術力によって世界の宇宙産業のバリューチェーンの重要な部分になっています」

政府が舞台を整え、民間の宇宙産業を育てる

日本は商業宇宙産業の成長を国家的優先課題と位置づけており、商業宇宙産業の規模を現在の110億ドルから2030年代初頭までに2倍に拡大するという目標を掲げています。この目標は、2020年6月に改訂された日本の宇宙基本計画(当初の計画は2008年に施行)の中で規定されました。

改訂された宇宙基本計画は、日本の宇宙スタートアップが活発であると認めているものの、日本の宇宙機器業界は米国と欧州に遅れをとっていると指摘しています。たとえば、米国の宇宙産業は、米連邦航空局(FAA)の2016年の試算によれば、約1,580億ドルの価値があります。宇宙基本計画によると、日本の宇宙政策の目標は、宇宙安全保障の確保、災害管理と国家的な回復力への貢献、新たな知識の創造、経済成長の実現、産業的・科学的・技術的基盤に基づく宇宙活動の強化です。

日本で最も多くの資金を調達したスタートアップで、合成開口レーダー(SAR)地球観測(EO)を手がけるシンスペクティブは、日本政府が業界のイノベーションをどのように促してきたかを示す具体例です。シンスペクティブは、ImPACT(革新的研究開発推進プログラム)と呼ばれるハイリスクの研究開発を促進する政府プログラムから生まれました。同プログラムは政府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)を通じて実施されているものです。CEOの新井元行氏によれば、シンスペクティブのペイロード(貨物運搬)技術はJAXAが所有し、バス部(衛星の電源系および熱系プラットフォーム)関連技術は東京大学が所有しています。これらの技術を実装することがシンスペクティブのミッションであり、共同研究開発契約を締結することで他の組織がこれらの技術を利用できるようにしています。

新井氏は、投資家と市場はシンスペクティブのビジネスに大きな期待を寄せているとして、「投資家や市場は、宇宙ビジネスが将来現実のものとなり、ビジネスとして成立すると考え始めているのです」と述べています。

JAXAはさらに、スタートアップを支援する施策として、商業宇宙産業を担う民間企業と研究開発契約を締結したり、ISSの日本実験棟の商業利用を許可したり、H2-Aロケットのライドシェア利用を実施したり、IP(知的財産権)ライセンスやテスト施設を提供したり、人材交流制度を用意するなどしています。

JAXAプロデューサーの小谷氏は次のように語ります。「宇宙活動はますます多様化し、規模も大きくなっています。宇宙探査、SSA(宇宙状況把握)、および軌道上サービスは、JAXAにとっても日本政府にとって最も重要で有意義な領域の1つです。日本政府は、この巨大でリスクの高い開発に貢献するために、予算と人的資源を増やさなければなりません。同時に、グローバルな競争力とプレゼンスを考慮しながら、適切なタイミングで商業宇宙産業の担い手の拡大と能力向上を図ることも、日本政府とJAXAの不可欠な役割であると考えています。」

小谷氏は、商業宇宙ベンチャーを奨励するJAXAの最も注目すべき研究開発プログラムの1つであるJ-SPARCのプロデューサーです。J-SPARCは「JAXA Space Innovation through Partnership and Co-creation(JAXA 宇宙イノベーションパートナーシップ)」の略で、2018年に開始された研究開発プログラムです。JAXAと民間企業はJ-SPARCを通じて対話し、宇宙ビジネスのコンセプト、開発、デモンストレーションについて検討します。小谷氏によると、20件を超える計画が進行中で、JAXAはこのプログラムのために200社以上の企業とコミュニケーションを取っています。

GITAIはJ-SPARCパートナーシップを締結したスタートアップ企業の1つです。同社のビジョンは、宇宙で作業するロボットを開発し、2040年までに火星や月で都市を建設できる低コストで安全な労働力を提供することです。創業者兼CEOの中ノ瀬翔氏によると、同社は特にJAXAと密接な関係にあり、JAXAとの共同研究契約を通じて最近、JAXAのISS「きぼう」実験棟を模したモックアップ上で、ロボットのデモンストレーションを実施しました。

中ノ瀬氏は、日本政府は積極的にスタートアップに資金を提供していると述べていますが、JAXAは米国のNASA(米航空宇宙局)と異なり、産業基盤の安定化のために自らが新しいベンチャーの主要な顧客となる「アンカーテナンシー」という概念を採用していないとも指摘しています。

「NASAはアンカーテナンシーの概念に基づいて米国の宇宙スタートアップを戦略的に育成していますが、JAXAにはそうした概念がありません。多くの日本の宇宙スタートアップは、売上がなかなか上がらないか、そもそも売上がまったくありません。ようするに日本の多くの宇宙スタートアップには収益がほとんどなく、運営資金をVC(ベンチャー・キャピタル)とCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)からの資金のみに依存しているのです」と中ノ瀬氏は説明します。

投資の現状

この数年間で商業宇宙業界の活動が活発化している中で、世界における宇宙投資の状況は変化しています。ブライス・スペース&テクノロジーのレポート「2020 Start-Up Space」によると、宇宙開発産業に投資する米国以外の投資家の数が増加しています。米国以外の投資家が全投資家に占める割合は2018年から2019年の間に53%から63%に増加し、こうした米国以外の投資家のほとんどが中国と日本の投資家でした。

このレポートによると、スタートアップ宇宙業界をこれまで支配してきたのは米国ですが、中国が躍進しており、その他の国がそれに続いているという状況です。中国は2019年、資金提供を受ける企業の数、投資額、取引の数、参加する投資家の数の点で、米国以外のすべての国を上回りました。ただ、米国以外での宇宙産業を牽引したのは中国ですが、それに続く日本、英国、インドは、宇宙ベンチャーが2019年に受けた投資に関してはほぼ拮抗しています。

商業通信衛星専門誌の『ヴィア・サテライト』が本稿のために取材したすべてのスタートアップが、資金の大半またはすべてが日本の投資家からのものであり、それ以外の国の投資家も探していると回答しています。ところが新型コロナウイルスにより、こうしたスタートアップは問題を抱えることになりました。GITAIの中ノ瀬氏によれば、パンデミックによってVCやCDCからの資金調達が困難になっている関係で、財務状況が厳しくなっている宇宙スタートアップが多いという話をよく耳にするということです。

スカイゲートテクノロジズは、日本での周回衛星向けGround Segment as a Service(GSaaS)サービスの展開に向け準備を進めているスタートアップですが、最近、慶應義塾大学を拠点とするベンチャーキャピタル企業の慶應義塾イノベーション・イニシアティブからシード投資を受けました。しかし、同社のCEOの粟津昂規氏は、新型コロナウイルス危機の間は投資家を見つけることが課題となっていると打ち明けます。投資家とオンラインでミーティングをするのは、たとえば、会社に関する計画を説明したいときにホワイトボードが使えないなど、対面よりも難しいのだといいます。

アストロスケールはシリーズEの資金調達ラウンドで最終的に5,100万ドルの追加資金を調達したばかりです。岡田氏はラウンドが終了する前、同社が目標金額を調達すると思っているものの、パンデミックの中での目標達成は困難だと話していました。

「新型コロナウイルスは投資コミュニティのかなりの部分に影響を与えています。金融機関の投資家は、より短い期間でリターンを回収する方向へとシフトしています。機関投資家は、コロナウイルスにより自社のビジネスがかなりの影響を受けているため、慎重になっているのです。現在、宇宙企業が日本で資金調達を行うのは非常に難しい状況です。誰もがこの問題に直面しています。」

こうした中、日本政府は宇宙基本計画を新型コロナウイルス危機を考慮する形で改訂しました。スタートアップが打撃を受けており、宇宙システムの開発を持続するためには、政府が宇宙産業を支援する必要があることを認識したためです。

今年8月には、エアバス・ベンチャーズが組成した、日本の航空宇宙技術に焦点を当てた新しいファンドに日本の投資会社グループが投資しました。具体的には、日本開発銀行(DBJ)、三菱UFJリース・ファイナンス(三菱UFJリース)、芙蓉総合リース(FGL)が、エアバスによる新しいベンチャーキャピタル・ファンド「エアバス・ベンチャーズファンドIII LP」に投資しました。エアバス・ベンチャーズは東京に事務所を開設し、海外事業拡大のための支援を必要としている日本の航空宇宙スタートアップ企業への投資を積極的に検討しています。

日本の主導的な商業用人工衛星運用事業者で日本の商業宇宙開発産業の草分け的存在でもあるJSATも、自社の未来を見据えてスタートアップ市場に投資し、戦略的パートナーシップを模索しています。ほとんど公表されていませんが、JSATはそうした取り組みの一環としてGITAIともパートナーシップ契約を結び、将来の宇宙ビジネスに焦点を当てた業務提携について話し合っています。また、日本の超小型人工衛星開発会社であるアクセルスペースにも投資しています。

さらにJSATは、米国に拠点を置くEO(地球観測)企業、オービタル・インサイツにも投資したほか、やはり米国のEO企業であるプラネットと提携し、国家安全保障、国土保全、環境監視を目的としたEOに事業を拡大しようとしています。JSATは『ヴィア・サテライト』の取材に対するコメントの中で、「データインテリジェンス市場は将来、重要な市場になるでしょう。当社は人工衛星事業者にとってデータインテリジェンス市場は大きな可能性を秘めていると考えています」とコメントしています。

拡大に向けた展望

2016年に設立され、「地上局用Airbnb」と呼ばれるインフォステラ(本社東京)は事業を世界に展開しようとしています。同社は最近、エアバス・ベンチャーズが主導した資金調達ラウンドを終了し、米国の宇宙産業界での経験が豊富なトム・ピローネ氏を最高戦略責任者として迎え入れました。CEOの倉原直美氏によると、インフォステラは2021年に米国でオフィスを開設することを目指しており、ピローネ氏を迎え入れたことでより多くの米国の顧客がターゲットとなることを期待しているということです。倉原氏によると、英国にもオフィスを構えるインフォステラの顧客基盤は日本企業と欧州企業が約半分ずつとなっています。

日本の宇宙産業ではもちろんのこと、世界の宇宙産業でも数少ない女性CEOの一人である倉原氏は、会議やスタートアップイベントに参加すると他の参加者全員が男性で落ち着かない思いをすることがあると言います。そうした状況がビジネスを行う中での妨げになっているとは感じないものの、他の人の自分に対する見方に影響を与えることはあるだろう、と倉原氏は語ります。

「企業の中で女性のCEOになることはそれほど難しいことではありませんでしたが、ビジネスミーティングに参加していると、ビジネスパーソンや顧客が私を同じレベルで見ていないと感じることがあります。私はビジネスパートナーや顧客と関係を築く必要があり、そうした人たちとの間で信頼を築くことができれば、男女の違いは関係ありません。しかし、出発点が同じではないのは確かです。」

倉原氏は、海外の顧客を拡大する上で課題となるのはむしろ、英語と日本語という言語間の壁だと考えています。言語、文化、タイムゾーンが同じ日本の顧客を相手にするほうが、ビジネスを成長させるのは容易だと言います。最近迎え入れたピローネ氏が海外のビジネスパートナーや顧客との関係構築の面でインフォステラを支えてくれると倉原氏は期待しています。

日本のビジネス界と英語圏のビジネス界との間に大きな言語の隔たりがあります。こうした隔たりは宇宙産業に特有のものではありません。日本のUX(ユーザー体験)設計企業、ミツエーリンクスが実施した非公式の調査によると、日本人の中で、英語で専門職としての業務を行える人の割合は10%未満です。

アストロスケールの岡田氏の意見も倉原氏と同じで、言葉の壁は日本企業にとって大きな課題だと述べています。アストロスケールでは、エンジニアが英語でディスカッションしたり文書を作成したりできるよう、社内で英語環境を構築することが、まず乗り越えるべき課題になったといいます。

「日本語は自然の美しさを表現するのに最適な言語ですが、ビジネスでは使い勝手がよくありません。険しい言語の壁が存在しています」と岡田氏は言います。

岡田氏はアストロスケールとともにグローバル展開の道を歩んでおり、現在は日本、英国、米国、イスラエル、シンガポールの5か国でオフィスを構えています。実際、岡田氏はアストロスケールを日本企業ではなくグローバル企業だと考えており、同社の8人の経営陣のうち日本人は3人しかいないと言います。

また、宇宙産業における世界的な「人材獲得戦争」を背景に、複数の地域で人材を雇用する必要性が生じているとも指摘します。アストロスケールの場合、複数の地域とは日本、欧州、米国でした。岡田氏は米国への進出がアストロスケールの成長を語る上で重要だったと振り返ります。アストロスケールでは現在、米国ではワシントンD.C.とコロラド州デンバーの2か所にオフィスを構えています。ワシントンD.C.にオフィスを構えているのは、規制当局、NGO(非政府組織)、学界と直接的な関係を築くためです。こうした点は、宇宙での持続可能性に関する公共政策に影響を与えることもミッションの1つに掲げるアストロスケールにとっては特に重要になります。

岡田氏は、「宇宙政策の中心は米国であり、米国の中心はワシントンD.C.です。規制当局と直接関係を持つことは当社にとって非常に好都合です。端的に言って、米国抜きではゲームが成立しないのです」と説明しています。

シンスペクティブのCEOである新井氏は、日本のスタートアップは積極的に海外に進出しなければならないものの、日本は地理的にアジアのターゲット市場から少し離れた場所に位置しているうえに、現在は新型コロナウイルスの影響があり、移動はさらに困難になっているとも指摘します。

ここ数年の日本では、New Spaceと呼ばれる新しい宇宙産業において、新規参入企業が飛躍的な成長を遂げており、市場は変化の時期を迎えています。新規参入企業は世界の舞台で自らの能力を示すため、言語や文化の壁を乗り越えなければなりません。

インフォステラの倉原氏とGITAIの中ノ瀬氏は、投資が増え、企業がビジネスを成長させるにつれて、日本のいくつかの宇宙スタートアップが今後数年以内に株式を公開すると予想しています。

中ノ瀬氏は、顧客の要求にきめ細かく応えられる企業が最も成功するとみており、次のように述べています。「提供される資金だけに頼らず、特定の顧客のニーズに基づいて事業を立ち上げ、そこから売上高をはじめとする成果を生み出している一部の宇宙スタートアップにとっては、今後数年間は事業をさらに拡大する好機になるでしょう。そうしたスタートアップ企業の中から、今後数年以内に、日本の宇宙産業で初めての株式公開企業が出てくるはずです。」

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